今回は、「EspaCo da Flor (エスパッソ・ダ・フロール)」代表の佐藤大成(NARU)さんのIKIKATA。
植物を主としたオブジェ制作による空間プロデュースによって、披露宴やイベントの空間に彩りを提供してきたNARUさんには、自らの職業と作品に対する熱い思いを持っています。
えてして忘れがちな「自分の仕事への熱意」を思い立たせてくれるインタビュー。職業人としてどんなマインドを持つべきかを学ぶことができます。
具体的な業務
「EspaCo da Flor エスパッソ・ダ・フロール」の代表です。植物造形家として、オブジェや空間プロデュースの仕事をしています。
「EspaCo(エスパッソ)」は”空間”。「Flor(フロール)」は”花”。「花の空間を作る」という意味を込めています。
花や植物以外にも、ステンレス、粘土、ペンキ、木材等を組み合わせた作品を作っています。誰にも作れないデザイン、自分にしかできない作品に特化していますね。「花屋」ではなく、自分にしかできないことをやっています。なかなか面白い、ほかにはない仕事ですよ。
—造形のための技術はどのように身に着けたのですか?
業界的には「花業界」ですけど、業界紙は読まないんですよ。全く違う業界、たとえばバラエティ番組なんかは(作品作りに)響きます。
「良い作品」って、ちょっと笑えるでしょ。人って、驚きに近い感情の時に笑うんですよ。
—なるほど。全く違う分野から作品の発想を得ているのですね。空間プロデュースは、おひとりでやられているのですか?
そうですね。一人でできちゃう(笑) 逆に人が増えるとやりづらいかもしれません。4、5人でやるよりも、自分一人でやったほうが早いですね。いちいち考えないで、作りながら考えていく感じですから。
(上記写真の作品のような)難しいモノをひとつひとつクリアしていくのが楽しいですね。「やったぜ!」という感じで(笑)
—空間プロデュース以外には、どんなお仕事をされていますか?
鉢物を売っています。「小売」というわけではなくて、これもプロデュースに近いですね。作業場には300種類くらいの植物があって、山形では鉢物のコレクターもそれほどいないですから、珍しいと思います。
オブジェを作って価値をプラスして買ってもらう、というトータルでのプロデュースですね。
—「植物造形家」と一般的な花屋の違いはどのような部分でしょうか?
「植物造形家」は花屋ではないんです。花屋さんは「お客様へ必要な花を届ける仕事。」僕の仕事は「お客様の希望を超える仕事。」そこが違いです。
花屋さんの場合、「○○という花がほしい」という要望に対して共通の認識を持って仕事をしなきゃいけない。でも、僕の場合は、お客さんからお任せしてもらって、相手の期待を超える作品を作って、お客様の想像を超えることが仕事になります。
相手を安心させようとお客様の要望に応えるためではなくて、相手の安心を超えて「うわっ!」という驚きを提供するための仕事ですね。
—一言でいうと、「植物造形家」の面白みとはなんでしょうか?
「スタンダードを生み出せること」ですね。当たり前を作れるということです。今まで「無理だ」と言われていたモノを作れる仕事だと思いますね。
今の仕事に就いた経緯・キッカケ
日本の「当たり前」が嫌で、単身ブラジルへ
—高校生の頃は、単身でブラジルに行ったとお聞きしています。なぜ、ブラジルに行こうと思ったのでしょうか?
中学の頃から、みんな同じ制服着て登校して日本語を喋って…という当たり前が気持ち悪くて。日本語を話すことすら嫌だったんです。
高校に3年行く費用を留学にまわしてくれないか、と親にお願いしたんですよ。「日本が嫌だ!」という気持ちと、「海外に行きたい」という気持ちが半々でした。
空港のエスカレーターを下るときは、一度も後ろを振り返りませんでしたね。ブラジル行きの飛行機ではずっと隣のおばちゃんが何時間も話しかけてくれていたので、寂しくなかったんですよ。おかげでホームシックにはなったことがないです(笑)
ブラジルにはプロサッカー選手を目指して行ったんです。今ではもう全然ですけど、いい経験になりました。
花屋との出会い
—今の仕事をしようと考え、実際に独立するまでの経緯を教えてください。
ブラジルから帰国後、プロサッカー選手になれなかった僕は、働こうと。でもバイト経験もないし、正社員は急には無理だし…という状態でした。それまでサッカーだけだったので。
バイトの面接は98%受からなくて(笑) 「金髪だめだよ」って言われたときはこっちから「じゃあ無理だな」みたいな(笑)
—それは受かりませんね(笑)
そんなときたまたま、花屋の配送スタッフ募集の求人を見て応募したら受かったんです。受かったのは本当に偶然で、花に興味があったわけではありませんでした。
花の配送をずっとしていたんですが、忙しい職場だったから、ある日「これ作って」と仏間に飾る花を作ることになったんです。それが人生の初作品だったんですが、やってみたら意外とできて(笑) 「明日からこれ作って」と頼まれることになったんですよ。
それからは様々なものを作りました。我ながらいい仕事だと思っていましたね。「みんなが感動の涙を流す」そんな幸せな現場を見たときに「このためにやってんだ」と思いました。(この仕事ならば)どんな仕事にも耐えられるなと。
植物造形家になったのは偶然
—ご自分で起業されたキッカケは?
起業したのは24歳のころです。もともとプロサッカー選手を目指していたので、「何かを目指す」ということに抵抗はなかったんです。
また、以前の職場の業務中に「もっとこうしたいな」「もっとお客様に寄り添いたいな」と思うことがあって、3年間その職場で勤めた後、独立しました。
—以前から、モノづくりは好きだったのでしょうか?
イラストを描くのは好きでしたね。「かっこいいな」「すごいな」と思える芸術が好きでした。
自分は今、植物造形家として仕事をしていますけど、それはたまたま自分で表現したり、お客様の思いを表現したりする手段が「花」だっただけで。もしかしたら違う表現の仕方をしていたかもしれません。