NHKディレクター 倉崎憲氏はなぜ映像を撮るのか(2/2)

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今回はNHKディレクター、倉崎憲さんのIKIKATA。

これまで49か国を旅してきたという倉崎さん。ラオスでの小学校建設活動に携わり、世界一周を個人協賛で実行するなど世界を広く見てきた彼は、どのような経緯でディレクターとして仕事をしているのでしょうか。

静かに語る言葉の一つ一つに「熱い思い」がある倉崎さんの生き方からは、私たちがどのような思いをもって日々生きるべきか、そして仕事をしていくべきかを学ぶことができます。

前半はコチラ

 

仕事で工夫していること・考えていること(職業観・ポリシー)

 

目の前の光景がすべて

 

凄くベタですけど、例えば我々ってこう、企画を考えたり題材を考えたりするとき、インターネットでいくらでも調べられるじゃないですか。でも、ネット記事を一つ見るよりも、現場に100回行くことのほうが大事だと思っていて。ネットは参考でしかなく、現場がすべてだと思います。現場に行くと、(自分が思っていたことと)全く違います。

ラオスに小学校を建てる活動をしていたとき、学校が建つまでに1年半かかって。小学校が実際に建って、「開校式」があったんですが、それに活動メンバー30人くらいで参加して。

参加するまでは、「自分たちがやっていることは正しいのか?」ということが分からなかった。もちろん、必要だと思ってやっていたけど、心の中には不安もあって。

外野からも、「なんでラオスなの?」と批判されたりもしましたし。自分としては、ラオスじゃなくて別にフィリピンでもどこでもよくて。たとえばフィリピンで何かしらの課題を感じたら、その解決のために何かをやっていたかもしれないですが。

色々な国に、色々な課題があるのは当然で。そういった外野からの批判で凹みつつも活動していて。

でも、開校式に参加したときに見た村の人たちはみんな「ハッピー」だったんですよね。授業風景も見させてもらいましたが、みんなハングリーで。楽しそうに勉強しているのを見て、「自分たちの活動は正しかった」と初めて確信したんです。それまでは妄想でしかなかったけど。

その原体験があって、「現場を見ることは大事だな」と。現地にも行っていない妄想しか語れない人たちに、「現場での光景がすべてだ」と伝えたいですね。

現場を5回よりも6回、9回よりも10回見ることが大事です。本当に毎回新たな発見がありますよ。

取材でも、1回目と2回目のとき、3回目のときと4回目のときで、同じ取材相手でも話してくれることって違うじゃないですか。そういう意味で、時間さえあれば現場に行く。相手と話す。それを大事にしたいなというところですね。

 

—できる限り、現場を見るのを徹底しているのですね。

ネットサーフィンしても分からないじゃないですか。今まで49か国行ってきましたけど、ネットでいくら世界の絶景を見ても分からない、香りも分からないんですよ。

 

監督を目指す

 

監督というのは、「描きたいもの」を映像化するために様々な物事を決めていく仕事です。監督が自分の考えや思い、シナリオをプレゼンすることで各セクションのプロフェッショナルが動く。

また、監督は企画から公開まで、すべての行程に関われる唯一の人。監督がOKといえば「OK」だし、NOといえば「NO」なんです。

監督についてくるそれぞれの分野のプロの動きが、監督の決断で変わるということ。編集は「編集のプロ」が行いますけど、このシーンは「2ショットにするか、1ショットにするか?」「引きの画よりもこの人の表情アップのほうが伝わるのではないか?」とか、そういうことを決めるのは監督の権限になります。

音楽についても同じで、「音楽をどのカットからつけるか?」というのは、そのタイミングでまったく意味合いが変わってくる。

そのように、すべての段階で立ち合えて人に届けることができるから、監督は幸せなポジションだなと思っていて、目指していきたいと。

 

—お好きな監督は?

大友啓史監督です。大河ドラマ「龍馬伝」や「るろうに剣心」シリーズの監督をされていた方ですね。龍馬伝大好きなんですが、大友さんがNHKを辞めた年に僕が入ったんですよ。内定者研修のときに、大友さんがゲストスピーカーで来てくださって。その後の懇親会で席が目の前で、2時間くらい話す機会があって。

東宝スタジオのスタッフルームに連れて行ってもらったときに、スタッフの方々がみな読んでいた漫画が「るろうに剣心」。休憩中かな?と思ったらそうではなくて。「おれ次これやるんだよ」と。

映画「るろうに剣心」は日本のコンテンツとして海外で勝負できるものだな、と思います。

大友さんの凄いところは、「ドキュメンタリーが根底にある」というところ。元々、秋田放送局でドキュメンタリーから中継まで何から何まで全部やる中で、「取材」を最も大切にしていた方なんですよ。

大友さんが入局して3年目のとき、秋田の小さな村で唯一床屋をしているおばあちゃんを主人公に、40分ほどのドキュメンタリーを撮りたいと考えて。

最初はおばあちゃんから取材も断られてしまっていて。それでもプライベートで通い詰めたらしいんですよ。変な髪形にされて周りにバカにされても通い続けた。最初はこの人を口説き落としたいという当初の目的があったわけですが、通いすぎてその当初の目的を忘れたころに、おばあちゃんから「あんたには負けたよ」と取材の許可をもらえたと。

その話を聞いたときに、「面白いなー」と。大友さんの作品があれだけリアルで、何にしても「人間」がすごく描かれているというか、「るろ剣」にしても、一人ひとりの人生が垣間見えるというか、その人物が映っていないときでも、それが垣間見える。なんでこういう風に描き出せるかというと、「人と対峙するとはなんぞや」ということを初任地の秋田局時代の経験も含めて、体で覚えている、経験しているから、フィクションなんだけど凄く伝わってくるものがあると。僕もそういう監督になりたいと思っていますね。

大友監督の撮影方法は面白くて、カメラ4台を「長回し」するんですよ。カットを割って撮影するのが普通なんですが、たとえば、あるシーンの始めから終わりまでを全部撮る。そして、同じシーンをもう一度違うアングルから撮影する。

誰かがセリフを間違ったとしても撮影を止めなくて。少しでも長く撮って、一秒でも長く、その「役」でいてもらう。たとえば、「龍馬伝」なら、主演の福山雅治さんには少しでも長く「坂本龍馬」でいれる時間を増やしているんです。

ずっとカメラを長回ししているということは、役者さんも何かをせざるを得ない。カットをかけないことで、ずっと「坂本龍馬」として動き続けることができる。それが、「(本来)撮れなかったものを撮れるようにする」演出方法で、少しでも長く撮る、という。

役者さんもスタッフも、長く撮るのはもちろん大変ですが、役を生きれるんですよ。そのために、何分もまわしっぱなしみたいな感じで。そういうのを、大事にされている方なんですよね。

 

—リアルに人間を描く監督を目指すということですね。では、一番好きな映画は?

一番、とかではありませんけど、「世界から猫が消えたなら」です。あれのラジオドラマを3年ほど前に作ったことがあって。

「世界から猫が消えたなら」はタイトルが秀逸じゃないですか。「内容が気になる!」みたいな。それで原作を読んでみたら、母からの手紙のくだり辺りで号泣して。局のリハーサル室で読んでまた泣いて。惚れたんですね、原作に。

NHKの局内向け勉強会があって、ゲストに原作者の川村元気さんが来てくれたときがあって。トークショー、ディスカッションが終わった後、川村さんに「原作読みました。本当に惚れました」と伝え、「この作品をラジオドラマにしたい」ともお願いしまして。

 

—なぜ、映像ではなくラジオドラマにしたいと考えたのでしょうか?

たとえば、「僕役」「悪魔役」という一人二役が出てくるし、世界から様々なものがなくなるという描写は、映像で表現するのは難しいと思ったんです。ラジオドラマであれば、リスナーの想像に委ねることができる。

川村さんには、すぐOKをもらえませんでしたけど、ラブメール、ラブコールをしていたら一か月後にOKをもらえました。

原作には場所の設定は書いてなかったと思いますが、港が出てきたり、坂道が出てきたり、路面電車が出てきたりするので、「函館」をイメージして書いているのかなと思ったら本当にそうで。シナリオハンティングとして脚本家と函館に行きました。

ラジオドラマは「音」と「役者のセリフ」だけで表現するので、その分「音」が凄く大事なんですよね。

実際に脚本に出るシーンの想定している場所すべてに行って、役者の皆さんにプレゼンできるように”体感”しに行きました。

主人公は、妻夫木聡さんにしたいと思ったんですよ。原作を読んだときからイメージしていたんです。妻夫木さんの演じる作品を観て育ってきた世代でもあるので、仕事もご一緒にしたいという思いがあって。

でもどう考えても出てもらえなさそうだと。でもラジオドラマは初挑戦ということで、そこに引っかかってくれないかなと思ったんです。手紙を書いて、決め台詞は「映画でもTVでもCMでもできないことを一緒にやりましょう」と。

その手紙を渡した数日後に、マネージャーから「本人からOK貰えました」と連絡が来たんです。ただ、「名前の漢字を間違えていました」と。(笑) 手紙を書いた僕は何を思ったか、妻夫木「聡」が「恥」様になっていて(笑)

何回も見返したはずなのに、よりによって「恥」かよ、みたいな。本当にもう頭が真っ白になって、「私は貝になりたい」ってこういうことかと(笑) でも、「名前を間違える奴はどんなやつだ」と妻夫木さんご本人に興味を持っていただけて。

台本は修正を重ねてOKもらって、出演してもらったんです。

「世界から猫が消えたなら」って、すごく普遍的な内容でもあって、みんな誰しもが自分に置き換えられるというか。特に、「母からの手紙」への主人公の反応とか。

なんかこう、青春ものとかって、見終わった後「エンドロールで掴まれる感じ」があるんですよ。二度と戻ってこない時間を凄く愛おしく感じられるというか。たとえば、「ウォーターボーイズ」の最終回を見ると、高校生活は誰もが一度通った道でもう戻れないんだけど、その戻れないということに対する「美しさ」「切なさ」を感じることができて、今をもっとしっかり生きなきゃと思わせてくれる。

そういう意味で、「世界から猫が消えたなら」も、次々と世界からものが消えていくにしたがって戻れない時間を喚起してくれるというか。

 

「思い」を伝えること

 

—倉崎さんは色んな場面で思いを伝える経験をしてきていますが、、自分の「思い」を伝えるというときにどんな工夫が必要だと思いますか?

若者って、「思い」しかないじゃないですか。スキルやお金が何もないから熱量がすべてだと思っていて。大学時代、半年休学して世界一周に行った時も、お金はプレゼンで集めたんですよ。でも、当時800円くらいしかなくて、でもどうしても行きたくて(笑)

そこで、人様からお金をいただくしかないと思って大手企業にプレゼン資料を送っていたんですけど、大手企業からお金をいただいてしまうと、「ミッション」が生じますよね。たとえば、ブログで最低2万PV集めてとある商品の宣伝を掲載してくれだとか。旅先で様々なミッションが生じると、自分がやりたいことをできないんじゃないかと思って、「個人協賛」に切り替えたんです。

今でこそクラウドファンディングとかがありますけど、6年位前ってそういう仕組みもあまりなくて。それでも自分の思いを伝えていたら、ある人が志ある大人の方々を集めてくれて、その人たちにプレゼンしたら、1日で80万円集まって。

また、友人の知り合いの方から、飲み会に誘われたんです。「世界一周行きたいらしいやんけ、飯代はいくらかかる?」と聞かれて。「20万円くらいですかね」と答えたら、翌日、20万円が口座に振り込まれていました。

その人は当時新婚で子どももいて、長期間海外には行けない。でも僕はいけるから、「俺の代わりに行け」と。帰ってきてから報告会で伝えてくれと。本当にありがたかったです。
まずは、文章で書けば伝えづらいことも赤裸々にできます。また、プレゼンの場を設けることができればやれるので、ただひたすら思いを語る。「世界一周」で、どう周るのか、何をしたいのか、それを経て何をするのか。

もちろん未熟だけど、熱量で伝えていく。そうしたら、共感してくれる皆さんがいた、という感じです。あまりロジックもなくて。世界一周のコンセプトだって、「各国の『生きる』を集める」という抽象的なものでした。

それでも、それをブログや、ずっとやっていた写真で伝えたいと思ったんですよ。

本当に写真が好きで、ずっとカメラを持ち歩いているんです。南アフリカの植林ツアーに参加した時も、色々な写真を撮って。日本の小学生の女の子がツアーに参加していて、現地の子とハグしている写真を撮ったんです。その写真が南アフリカ観光協会の最優秀賞に選ばれたんですよ。

後日談があって、その写真を見た7か国くらいの大使館から連絡があって、「日本人がそのような素晴らしい活動をしているなら、我々もそういった活動をしたい」と、南アフリカに連絡があったんです。

『僕たちは世界を変えることはできない』というタイトルの本を出しましたけど、その話を聞いた時に「何かを変えるとはこういうことなんだ」と気づきましたね。

大きなことではなくて、「小さなこと」を変えていくこと、まずは自分たちが背中を見せること。それが大きなことを変えるイチバンの近道だということ。自分の口で発信をしていくけども、現場にメディアがいれば世界の多くの人々にもっと伝えることができたんじゃないかなと思いましたね。

倉崎憲(くらさきけん)京都府出身の28歳。同志社大学卒業後、2011年NHK入局。ドラマ番組部に配属され、大河ドラマ「平清盛」などの助監督を経て、初演出したラジオドラマ「世界から猫が消えたなら」(主演:妻夫木聡)でギャラクシー賞奨励賞、イタリア賞ファイナリスト。他の演出作品に、救急車を舞台とした小説をラジオドラマ化した「迷走」(主演:市原隼人)など。2015年、ドラマ「私の青おに」でテレビドラマ初演出。旅と写真を愛し今まで世界一周を含む49カ国を旅する。書籍「僕たちは世界を変えることができない。」(星雲社)写真担当。南アフリカフォトコンテスト最優秀賞受賞。

倉崎憲(くらさきけん)京都府出身の28歳。同志社大学卒業後、2011年NHK入局。ドラマ番組部に配属され、大河ドラマ「平清盛」などの助監督を経て、初演出したラジオドラマ「世界から猫が消えたなら」(主演:妻夫木聡)でギャラクシー賞奨励賞、イタリア賞ファイナリスト。他の演出作品に、救急車を舞台とした小説をラジオドラマ化した「迷走」(主演:市原隼人)など。2015年、ドラマ「私の青おに」でテレビドラマ初演出。旅と写真を愛し今まで世界一周を含む49カ国を旅する。書籍「僕たちは世界を変えることができない。」(星雲社)写真担当。南アフリカフォトコンテスト最優秀賞受賞。

倉崎さんのような職種・業種に必要なスキル

 

—「思いを伝える」上では、他人を巻き込むチカラが大切だと思います。その点で、意識されていることはありますか?

一人ひとりと話すということが大事ですが、それ以上に自分が掲げる「明確な目標」、人々のモチベーションが上がるようなものを伝えること。

映画『僕たちは世界を変えることはできない。』で、主演の向井さんが電車の中でみんなにメールを打つシーンがあります。若気の至りで、ワクワクしているシーン。そんな「ワクワク」に従順に従うこと。

「今興奮しているな」「本当にやりたいことなんだな」みたいなもの。それを伝えると「それ待ってたんだよ」って言ってくれた人がいたり、「ラオスってどこ?でも面白そう」と言ってくれた人がいたり、という感じで。

チャリティーイベントを開催してお客さんからいただいたお金を小学校の資金にしていました。小さい規模でやっていたんですが、意外とお客さんが300人くらい来て、30万円くらい集まったんです。お客さんでメンバーとして入りたいと来てくれる人もいて。だんだんと(活動の)渦が大きくなっていって。

もちろん、団体への貢献度から価値観まで、人それぞれバラバラです。だからこそ、「自分がこういうことをやりたい」「小学校を建てたい」という思いを持ち続けていたら、個々の価値観や思いは違うけど、一つの目標に向かってやっていくことができる。

それでやっぱり続けられない人もいますけどね。自分自身、ボロクソいわれて辞められたこともあります。でもそこはしようがない。「去る者追わず」で。そうじゃないと、「去る者」に気を遣い過ぎて、残る人のモチベーションが下がりますからね。モチベーションが低い人に合わせてしまうと、組織が崩壊してしまいますから。

 

—「学校を建てる」「ドラマを撮影する」とやってきて、改善を重ねていくというやり方で活動されてきたと思います。でも、一つ一つの目標とは別に、「完結しない思い」や「夢」はありますか?

『ドラマを撮影する」ということに関しては完結します。でも、それ以上に「世の中の多くの人に感動を伝える」という大きな目標があって。一つ一つのドラマを作るということを積み重ねていきながら、その大きな目標を持ち続けるというか。

僕が人生で大切にしていることって、「どれだけ多くの人と、どれだけ多くの感動を感じることができるか」ということなんですよ。

 

倉崎さんのような職種・業種を目指す方々へのメッセージ

 

—TV業界に入っていく人には、どんな人が多いのでしょうか?

「素晴らしい活動を多くの人に伝えたいと思っている人」とか、「社会に解決したい課題や提案がある人」だと思います。「番組」というツールを使って、世の中に感動や発見を伝えたい人たちの集まりです。

あとは、全国の老若男女問わず様々な立場、境遇の人と話したり、様々な場所に行ったりすることが好きな人ですね。実際に取材や撮影で国内外飛び回ることになりますから。

どこに行ったとしても、どんなことも好奇心をもって楽しめる、そんな人が求められているかなと思いますね。

 

—ディレクターやTVの制作を目指している方々へのメッセージとして、これからTVの業種を目指そうとしているけど、何から始めたらいいかわからない人へ「何をすべきか?」というメッセージをお願いします。

えらそうなこと言えないですけど、「旅」ですね(笑) 今ではクラウドファンディングなどもあって、志と行動があれば僕が学生だった十年前とかよりも、お金を集めやすいかもしれません。自分の原体験は「旅」ででます。あとは、自分でカメラを回すことですね。映像をまず「作ってみる」ということです。

—ありがとうございました!

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