一般社団法人ワカツク 内藤勘太郎氏が語る 「まちがよくなる」ために必要なこととは?

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今回は一般社団法人ワカツクでインターンコーディネーターをされている内藤さんのIKIKATA。

ワカツクはまちをソフトの面から良くしていく事業を展開している組織です。

元々は放射能を専門として加速器のフィールドエンジニアをされていた”理系”の内藤さんがまちづくりに携わるようになったキッカケとは何だったのでしょうか。

 

具体的な業務

 

ワカツクは、街づくりをしている団体です。

街づくりにはハードとソフトの2つがあって、私たちはソフトの方、つまり人の方にフォーカスして事業を行っています。

具体的には地元中小企業が行う新規事業開発の現場で学生に右腕インターンとしてプロジェクトに参画してもらい、経営者の仮説を検証するシステムを作っています。

学生にとってみると本物の仕事ですが、ワカツクからの研修があることで深い学びに変えることができるインターンシップになります。

中小企業の新規事業をやりたくても、なかなか環境を作ることが難しいという現状を我々がサポートすることにより、挑戦しやすい環境を提供しています。

地域で新しいプロジェクトが生まれ続けることによって、結果的にまちが良くなっていくということを目指しています。

それ以外にも学生向けのイベントも行っています。

ほんとうに企業や学生が欲しいモノをこちらからお聞きしてイベントに活かしたり、行政と協力してイベントをつくったりもしています。

 

‐‐‐なぜ中小企業は新規事業を行うための環境づくりが難しいのでしょうか?

 

中小企業は新規事業をやるだけの収益を既存事業で上げるのが難しいからです。

お金がないということはヒトもいません。

もっというと中小企業は社員でも意欲的に働く人が少ないということが現実としてあります。

新規事業は当然リスクがつきものですから、失敗して自分の評価が下がりたくない人はなかなかチャレンジできません。つまり、新規事業を任せられる人材が社内に少ないんです。

しかし新規事業はこの流れが早い時代で新しいマーケットを開拓するためには必須のものです。もちろん既存事業も伸ばしながら。

だから私たちはインターンという形でそれをできるようにしています。

 

‐‐‐なるほど。では、学生が企業にインターンすることの効果って何でしょうか?

 

大きく3つあると思っています。

 

1.インターン生が社長の右腕になれること。

社長の問答の相手ができる。話し相手ができるということ。

 

2.実際に事業をやれること。

 

3.社内外への発信。

社長の思いを学生は知っているので、それを社内外に発信することで社長の思いが伝わりやすくなります。

この部分をワカツクは意図的に仕組み化しています。

また、社員も元気な学生を見てインスパイアーされますよね。

 

‐‐‐そうなんですね。ではそういった活動を通して生まれる「まちがよくなる」ということの定義ってなんでしょうか?

 

課題が開かれている状態のことです。

例えばそこらへんを歩いている大人を見ても「その人は何が課題で自分はどう役に立てるのか」が分かりませんよね。

でもそれがWebサイトに載っていたら協力できるかもしれない。

「私はこれが困っている」「なら私はこれができる」というやりとりが日常的にあちらこちらで起こっているのが望ましい。

 

個人的には意欲的な人が増えればその周囲の人も変わると思っていて、「今まで何もしてなかったけれど自分も何かしていいのかな」っていう自己肯定感が上がる流れができれば、まちが良くなっていく気がしますね。

 

 

今の仕事に就いた経緯・キッカケ

 

過去には、加速器のフィールドエンジニアとして仕事をしていました。

具体的にはPETがん検診の初段で必要になる放射能を作り、放射性薬剤に合成する、あるいは、その装置をメンテナンスする仕事でした。

大学からの専攻も含めると専門領域は放射線であり、難関資格と呼ばれる第1種放射線取扱主任者の国家資格も有しています。

 

放射能に興味を持ったのは小学校1年生のときで「映画はだしのゲン」を見た時の映像の恐怖に由来します。

強烈に放射能を何とかしなければと思った事を覚えています。大学選択も無意識に原子炉工学科を選択しています。

 

東北に来たのは2004年です。仕事で来ました。2010年には東北で最年少管理職になりましたし、その後の海外赴任もオファーされていました。

 

しかし震災をキッカケに再考をした結果、以下の3つの理由からその職業を卒業しようと思いました。

 

1.震災時に地域のことを真剣に考えるようになったことです。

仙台に10年住んでいるにもかかわらず、震災時に地域のことがわからず助けに行ったりする行動がとれなかったことを悔やみました。

そもそも大きい被害のあった被災地の地名を聞いてもどこにあるかさえ分からず、どういう人が住んでいるのかも当然知らず、震災に関する思考が自分の中でストップしてしまったんです。

それで「あれ?」と思って。ちゃんとローカルに関わっていくことが必要であると強く感じました。

15年以上仕事をしている放射能の専門家として、何もできない無力感がありました。

 

2.社内に目指す目標となる人が居なくなり、この先に自身のビジョンを描けなかったことです。

目指していた先輩はいましたが、「内藤さんならシゴト任せられる」というような状態になり、結果的にスキル面等で追いついてしまったことで、次の目標を見いだせなくなってしまったんです。

海外赴任もオファーされていましたが、震災で感じた無力感のこともあり、これ以上技術を追求することに意味を見いだせなくなったことが理由です。

もっとタテ(専門性)よりヨコ(幅広さ)の追求が必要なのかなって。

 

3. 2.に紐つきますが、自身の課題としてはコミュニケーションでした。

 

会話ができないんですよね(笑)雑談が苦手だったんですね。

 

‐‐‐今では考えられないですね(笑)

 

よく言われます(笑)

受動的な会話を能動的に変えたいと思ったんですよね。それには環境を変える必要があるなと。

そもそも人に対する興味関心が強かったこともあって営業職を志望しました。

 

 

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内藤勘太郎(ないとう・かんたろう) 京都生まれ、近畿大学理工学部卒。某加速器メーカーのエンジニアを10年経験したが飽きて、2013年よりワカツクへ。現在は地域の可能性と若者の可能性を感じてインターンのコーディネートをしている。座右の銘はトライ&エラー。

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